液体中に微生物の三次元構造を自在に描く

2026年7月15日 公開

新しい液体培養プラットフォーム「Floatony」を開発

ポイント

  • 液体中に微生物の三次元構造を自在に形成・維持できる新しい培養プラットフォームを世界で初めて開発
  • 空間構造を保持しながら分子拡散や微生物増殖を可能にする液体環境の設計指針を確立
  • 腸内細菌叢やバイオフィルムの空間構造を再現できる新しい in vitro モデルとして期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の田中祐圭准教授、同大学 谷口英嵩大学院生、宮内麻衣大学院生、サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社の井之上一平らの研究グループは、液体中に微生物の三次元構造を形成・維持できる新しい培養プラットフォームを開発し、「Floatony:フロートニー[用語1]」と命名しました。

腸内細菌叢[用語2]バイオフィルム[用語3]では、微生物が三次元的な空間構造を形成しながら生育しており、その配置は代謝や遺伝子発現、種間相互作用に大きな影響を与えることが知られています。特に腸内細菌叢では、多様な微生物が複雑な空間ネットワークを形成しながら相互作用し、生体機能や健康維持に重要な役割を果たしています。しかし、こうした空間構造を実験室内で再現することは容易ではありません。特に、従来の三次元培養法で用いられていた寒天やゲルなどの固体支持体は、分子拡散や微生物間相互作用を制限してしまう点が課題とされていました。

本研究では、液体描画[用語4]技術を応用することで、微生物を液体中に三次元的に配置し、その構造を維持したまま培養できる新しい培養プラットフォーム「Floatony」を開発しました(図1)。さらに、構造保持と分子拡散を両立できる液体環境の設計条件を明らかにし、微生物が構造内で増殖可能であることや、酵素反応の生成物が周囲へ拡散することを実証しました。

本手法は、腸内細菌叢やバイオフィルムに代表される空間的に組織化された微生物群集を再現する新しい in vitro 実験基盤として期待されます。将来的には、微生物間相互作用の理解や腸内細菌叢関連疾患の発症メカニズム解明、さらには微生物を利用したリビングマテリアルの構築などへの応用が期待されます。

本成果は、6月30日付(現地時間)の「Biofabrication 」誌に掲載されました。

図1. 緑色蛍光タンパク質(GFP)発現大腸菌液により液体の中に描画した様々な3次元構造の蛍光観察画像

背景

腸内細菌叢やバイオフィルムに代表されるように、微生物は空間的に組織化された三次元構造を形成して生育しており、その配置が代謝や遺伝子発現、種間相互作用に大きな影響を与えることが知られています(図2)。特に腸内細菌叢においては、多様な微生物が複雑な空間ネットワークを形成しながら相互作用することで、生体機能や健康維持に重要な役割を果たすと考えられています。しかし、その空間構造が微生物機能や群集ダイナミクスに与える影響については、腸内環境の複雑性や変動性の高さから十分に解明されていません。

図2. 腸内細菌叢の空間構造
腸内では、多様な細菌が複雑な三次元ネットワークを形成しながら共存している。この空間構造は、細菌同士の相互作用や宿主との関係を通じて、健康維持や生体機能の制御に重要な役割を果たしている

腸内細菌叢の現象を実験室内で再現するため、複雑な in vivo 環境を単純化し、多条件をハイスループットに評価できる in vitro モデルの開発が進められていますが、微生物の三次元空間構造を自在に再現できる実験系は限られています。例えば、Gut-on-Chip などのマイクロ流体デバイスでは微生物の三次元構造を自由に配置することが難しく、3Dバイオプリンティングや寒天培養などの既存手法では、微生物が寒天やゲルなどの固体支持体中に固定されるため、分子拡散や微生物間相互作用が制限される場合があります。そのため、空間構造の保持と分子拡散を両立できる新しい in vitro モデルの開発が求められています。

研究成果

本研究では、架橋(固体化)を伴わずに液体中へ形成した微生物三次元構造体(Floatony:フロートニーと命名)を安定的に維持するための条件を明らかにしました。具体的には、微生物構造を支持する液体マトリックス(キャンバス液)の組成を系統的に変化させ、レオロジー[用語5]特性と構造安定性の関係を解析しました(図3)。

図3. 液体中における Floatony 安定性評価実験の概要

その結果、Floatony を72時間にわたり安定的に維持できる条件を見出しました。また、損失正接(tanδ:タンデルタ)[用語6]が1.8以下であることが、構造安定性を予測する有効な指標であることを明らかにしました。さらに、Floatony 構造を安定的に維持できる濃度条件のうち最低濃度条件における粘度は 0.1(Pa・s)であり、この値は従来のゲル培養より2~3桁低く、分子拡散に有利な環境であることが示されました(図4)。

図4. キャンバス液物性と Floatony 挙動
a)Floatony 挙動の代表例を示す画像
b)各キャンバス組成における Floatony 挙動の評価(図中の値は N=3 の平均値と標準偏差)
c)キャンバス液の損失正接(tanδ)と Floatony 挙動
d)沈降・浮遊と安定条件のうち最高濃度と最低濃度における測定粘度

さらに、Floatony 中における大腸菌の酵素活性評価を行いました。Floatonyに基質を添加したところ、酵素反応による呈色が確認され、反応生成物がミリメートルスケールで周囲に拡散する様子が観察されました(図5)。これは、Floatony が構造を維持しながらも分子輸送を阻害しない液体環境であることを示しています。

図5. Floatonyにおける大腸菌の酵素活性評価
プラスミドベクターpUC19を保持する大腸菌は発酵酵素基質であるX-galを分解し青色の色素を産生し、細胞外に流出する。大腸菌は描画された位置を維持している一方で、小分子である色素は拡散している様子が確認される

さらに、Floatony 中で培養された大腸菌を回収、寒天培地へのプレーティングで形成されたコロニー数を測定したところ、Floatony中で大腸菌が増殖可能であることを確認しました(図6)。培地濃度に応じて増殖量が変化することを確認した他、増殖曲線から倍加時間を算出しました。以上より、液体中に描かれた三次元構造内でも微生物が増殖できることが示されました。

図6. Floatony 中における大腸菌の増殖評価
a)LB培地濃度と増殖量の関係(N=3 の平均値と標準偏差)
b)Floatony 中における大腸菌の増殖曲線(N=3 の平均値と標準偏差)

最後に、本手法の設計自由度を示すため、液体描画技術を用いてさまざまな二次元・三次元微生物構造を作製しました。まず、キサンタンガムと発酵セルロースを主成分とする増粘剤から構成されるキャンバス液中に二次元及び三次元構造を描画しました。その結果、構造構築には成功しましたが、発酵セルロースを主成分とする増粘剤の白濁が原因で視認性が低い結果が得られました(図7a, 7b)。そこで、発酵セルロースを主成分とする増粘剤の代わりにカルボキシメチルセルロースを用いたキャンバス液(tanδ=0.55≤1.8)中に描画したところ、三次元構造の構築に成功し、視認性も向上しました(図7c, 7d)。さらに、緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現した大腸菌を用いた蛍光観察により、三次元構造が培養中も保持されていることを確認しました(図7e, 7f)。これにより、本手法が任意形状の微生物空間構造を設計・構築できることが実証されました。この結果は、Floatony が単なる培養法ではなく、微生物群集の空間配置そのものを設計できる技術であることを示しています。

図7. 大腸菌を用いた様々な構造描画
a, b)キサンタンガムと発酵セルロースを主成分とする増粘剤から成るキャンバス液中への構造描画
c, d)キサンタンガムとカルボキシメチルセルロースから成るキャンバス液中への構造描画
e, f)GFP発現した大腸菌を用いた構造描画

社会的インパクト

本研究で開発した Floatony は、微生物を任意の構造に空間配置した状態で培養できる新しい in vitro 実験基盤として、様々な応用が期待されます。特に、腸内細菌叢やバイオフィルムのように複数種の微生物が空間的に組織化された系において、微生物間の距離や配置が代謝や種間相互作用に与える影響を定量的に解析する研究への応用が考えられます。また、抗生物質投与や環境変化に対する微生物群集の応答を、空間構造を維持したまま観察できる新しい評価系としても期待されます。本手法は、腸内細菌叢関連疾患の理解や創薬研究への貢献も期待されます。

今後の展開

今後の展開として、腸上皮細胞や免疫細胞などと組み合わせることで、宿主-微生物相互作用を再現する実験モデルへの応用が期待されます。加えて、微生物を材料として利用する「リビングマテリアル」分野においても、ゲルを用いずに三次元構造を構築できることから、新たな機能性材料の設計基盤となる可能性があります。

付記

本研究は、学術変革領域研究(B)「バクテリアUX:あらゆる細菌の遺伝子組換えを可能とするユニバーサル形質転換」の支援を受けて実施されました。また、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(25H01415、25K22179、24K01265)および、日本学術振興会(JSPS)と韓国研究財団(NRF)による二国間交流事業(共同研究、課題番号120248806)の支援を受けました。

用語説明

[用語1]
Floatony:フロートニー:本研究で開発した、液体中に形成された三次元微生物構造体の名称。Float(浮遊)と Colony(コロニー)を組み合わせた造語であり、固体化することなく液体中で微生物の空間構造を維持できる。
[用語2]
腸内細菌叢:腸管内に生息する多種多様な微生物群集の総称。微生物同士および宿主との相互作用を通じて、消化、免疫、代謝など様々な生体機能に関与する。
[用語3]
バイオフィルム:微生物が表面に付着し、多糖類などの細胞外マトリックスに包まれながら形成する集合体。環境中や生体内に広く存在し、微生物間相互作用や薬剤耐性に関与する。
[用語4]
液体描画(Liquid Drawing):ノズルから吐出した液体を別の液体中に直接描画し、三次元構造を形成する技術。本研究では微生物を含む液体を描画することで、液体中に微生物構造を形成した。
[用語5]
レオロジー:物質の変形や流動に関する性質を扱う学問分野。本研究では液体マトリックスの粘性や粘弾性を評価し、Floatonyの構造安定性との関係を解析した。
[用語6]
損失正接(tanδ:タンデルタ):動的粘弾性測定で得られる指標の1つ。弾性的な性質と粘性的な性質の比を表し、本研究ではFloatonyの安定形成条件を評価するための重要なパラメータとして用いた。

論文情報

掲載誌:
Biofabrication
タイトル:
Floatony formation in liquid environments: Liquid drawing-based fabrication of three-dimensional microbial structures
著者:
Hidetaka Taniguchi, Mai Miyauchi, Ippei Inoue*, Masayoshi Tanaka*

研究者プロフィール

田中 祐圭 Masayoshi Tanaka

東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授
研究分野:生体分子化学、生物工学、微生物工学

田中 祐圭 Masayoshi Tanaka

井之上 一平 Ippei Inoue

サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社 シニアスペシャリスト
研究分野:生物工学、材料工学、ナノテクノロジー

井之上 一平 Ippei Inoue

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准教授 田中 祐圭

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